幻の黒猫

2000年の日記もどき:8月

8.10.2000

[book][シ]「真珠の耳飾りの少女」トレイシー・シュヴァリエ/木下哲夫:白水社(8/10)

2000/08/10

タイトルを聞いてぴんと来る人もいるかと思うが、フェルメールの同名の絵が題材の歴史小説である。まず、絵のモデルはフェルメール家に仕えていた一人のジプシーの少女だったと設定される。そして彼女の目を通した一人称の形式で、絵の描かれる過程が語られる。

主人公の少女は、屋敷の中で一人だけ、フェルメールの美学を理解することが出来た。それに気付いたフェルメールは、次第に彼女に絵の仕事の手伝いを任せていくようになった。美を愛する者同士の連帯感、それはやがて限りなく男女の恋愛に似た感情へ変化していく。物語が少女の一人称なだけに、その過程において感情のゆれるさまが、ダイレクトにこっちにも伝わってきた。

いやね、主人公の女の子がいいのよ、けなげで。フェルメールのことを地の文では決して名前で呼ばずに「あの人」といってるんだけど、「あの人」が後ろを通るだけでもぉドキドキ。全身をセンサーにして、「あの人」の一挙一動即を把握しようとしてさ。中、高生のころの恋愛ってこんな感じだったよねぇ。

8.16.2000

[book][ダ]「チューリップ・バブル」マイク・ダッシュ/明石三世:文藝春秋文庫(8/16)

2000/08/16

オランダといえばチューリップ、というのは、長崎オランダ村に行くまでもなく自明のことなのだが、そもそも何故オランダ=チューリップといわれるようになったのか?そのはじまりとでも言うべき、17世紀オランダにおけるチューリップの異常な投機熱を書いたドキュメント形式のノンフィクション。オスマントルコからやってきたチューリップの球根。それが一人の老植物研究家の手によってオランダに根づき、チューリップブームから熱狂的バブルというべき状況にいたり最終的にそれがはじけてしまうまでが、克明にたどられている。

日本のバブル経済や小さいところでは最近のITバブルと酷似した、その過剰な投機熱に対する経済学的な面からも楽しめるし、もっと純粋にチューリップのいろんな秘密あれこれを楽しく知ることも出来る。チューリップの変種が出来る原因がウイルスによるものだって、知ってた?

8.18.2000

[book][ロ]「パヴァーヌ」キース・ロバーツ/越智道雄:扶桑社(8/18)

2000/08/18

「歴史改変SFの傑作」とうわさだけは聞いていた作品。原著は'68年に書かれ、一度(あの)サンリオSF文庫から翻訳が出版された。その後幻と化していたものが、このたび待望の復刊。というわけでさっそく読んでみました。

16世紀、英国女王エリザベス1世が暗殺され、英国はスペイン無敵艦隊に敗れた。ヨーロッパは、ローマ=カトリック教会に支配されるようになった。(この辺りのくだりは、世界史の知識があるとさらに楽しめる。エリザベス1世がカトリック教会からの独立を宣言し、これがイギリス宗教改革へと繋がっていくのが現実の歴史。)教会は、科学技術を封印し、その発展を阻害した。その結果産業革命は起こらず、物語のはじまりである20世紀初頭、世界では路上を走る蒸気機関車(蒸気車)や、信号塔という灯による人力の情報伝達システムなど、独特のテクノロジーが用いられている。また、王政がいまだに続いており、身分による格差が明らかに存在する世界である。

そんな、「もうひとつの」世界におけるイギリスがこの小説の舞台。独占企業として蒸気車を一手にあやつる平民代表のストレンジ一族を主人公に、ローマ=カトリック教会との対立、そして開放が描かれていく。

物語のエピローグ、何故教会が科学技術を封印したのかその理由が、この話の隠れた主人公とも言える「古き者」と呼ばれる長命種の人間によって語られる。これがまたいかにもSF的な真相で(ネタバレ:少年ジャンプ版封神演義と同系)、物語全体の見方に、大きな変更が迫られることになる。

歴史改変SFといえばギブスン&スターリンの「ディファレンス・エンジン」(’90)という名作がありますが、それより20年も前に、後のスチームパンクに通じるような作品が書かれたことは驚きです。傑作と呼ぶのはどうかな?とも思いますが、今改めて読んでも決して古めかしいところはありませんでした。長く評価されるのも分かる作品です。

8.20.2000

[book][い]「鵺姫真話」岩本隆雄:ソノラマ文庫(8/20)

2000/08/20

前作の星虫をあれだけ大プッシュした私だが、この項は書こうか書くまいか、かなり悩んだ。というのも、自分は鵺姫真話はほとんど乗れなかったからだ。

どちらかと言えばこういった民話的な妖怪譚は好きなほうだ。話の仕掛けにタイムトラベルネタが使われているにもかかわらず、SF魂を感じられないのもまあいいだろう。別に私はSF原理主義者ではない。

ただね、登場人物の品行方正さが気恥ずかしいとでも言おうか。この小説を読んでいて、「中学生日記」を見たときに感じたどこかしらけた気分を思い出した。今からすれば星虫にも似たような感じはあったのだが、それが気にならなかったのはやっぱり星虫は初読が多感な(笑)高校生の頃だったせいか。悪い話じゃないんだけど、心に響いてくるものがなかったんだよなぁ。

10年間待っていただけに、岩本隆雄という作家に対する評価の修正にてこずっています。過度の期待は禁物ということか。

[book][た]「創竜伝12 竜王風雲録」田中芳樹:講談社(8/20)

2000/08/20

突然だけど、僕がはじめて田中芳樹の本を読んだのは中学生の頃である。塾をサボっては町中をうろついていたのだか、ある日図書館でふと手に取った銀河英雄伝説がジャストヒット!脳天を打ちぬかれたような感動を覚えたもんだった。んで、作者の別の本も読み漁って、その中に創竜伝もあった。ちょうどそのころ第2巻まで刊行されており、3巻から新刊として購入するようになって今にいたるわけ。

長々と何が言いたいのかというと、それでまだ12巻ってのは、どういうことよ!?ってこと。同時期流行っていた宇宙皇子(全50巻)はとっくに完結ましたよ?頼むよ、田中せんせぇ〜〜。

気を取り直して今巻の感想。…薄い。薄すぎる(内容が)。田中芳樹だからこそ許される内容であって、これがもし名前の知らない作家の作品だったら多分俺は購入しようと思わない。四兄弟の転生前である竜族が主人公、過去の中国が舞台の番外編なのだが、何故この時代である必要があったのか。たんに作者の好みとしか思えん。それに(以前は確かに存在した)転生前、転生後のキャラクターの書き分けがされていない。いくら循環する歴史の枠の外にいる天界の住人とはいえ、平気で「メートル」だとか「スーパーヒーロー」だとか口にするのはいかがなものか。全体的につめが甘い。何故これを書くのに何年もかかるのだ!?

例えば創竜伝の1巻が高級豆使用エスプレッソだとしたら、今はアメリカンコーヒーを通りこしてインスタントコーヒーの水割りといった感じ。なまじ田中芳樹のファンだった(過去形?)だけに、悲しい限りである。でも新刊が出たらまた買うんだろうな…・

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